野山獄と岩倉獄 杉家からの差し入れ

                                         

密航を企てた罪により、
江戸で投獄後、国元・萩に護送され
吉田松陰は野山獄に、弟子の金子重輔は
足軽の身分であったため岩倉獄に入りました。

野山獄は、武士などの身分の高い者が、
岩倉獄は、町人や百姓などの身分の低い者が
収監される牢獄でした。

 


 

野山獄と岩倉獄

元々は、この2つの獄は、
野山六右衛門(大組・禄高200石)と
岩倉孫兵衛(大組・禄高200石)という
長州藩士の家でした。

ある日のこと、岩倉孫兵衛が酒に酔った勢いで
道を隔てた野山六右衛門の屋敷に斬り込んで
家族を惨殺しました。

a111539岩倉孫兵衛は捕らえられ、
野山宅に幽閉された後に斬首となりました。

喧嘩両成敗という建前のもと
斬り込まれた方の野山家もお取り潰しとなり、
両家は長州藩に没収され、
その後、牢獄となったわけです。

そうは言っても、斬り込んだ方の
岩倉孫兵衛に非がありますので、
岩倉獄が身分の低い者を収容し、
野山獄には身分の高い者を
収容することになりました。

 


 

野山獄

anoyama松陰が入った野山獄は
1棟に独房が6つの獄舎が、
竹格子で囲まれた小さな中庭をはさみながら
2棟南北に向かい合って建っていました。

12人を収容できる造りで、
松陰が入獄した時には、
すでに11人が収監されてました。

松陰は残る北側獄舎最奥(西)の部屋に入り
12人目の入獄者となりました。

房の広さは、たたみ2畳と板敷半坪分と云われてますから
3畳分くらいの生活スペースだったようです。

この時、収監されていた人を一部まとめてみました。

大深虎之允 76歳 在獄49年
弘中勝之進 48歳 在獄19年
岡田一迪  43歳  在獄16年
河野数馬  44歳  在獄9年
吉村善作  49歳  在獄7年
高須久子  39歳  在獄4年
富永有隣  36歳  在獄4年

松陰が入獄した当時、野山獄には
在獄期間1年から49年までの獄囚がいました。

注意 )   年齢・在獄期間は、資料によっても違います。
起算時点や数え年などのせいかもしれませんが
その時に調べた文献の数字をそのまま引用しています。

ドラマ「花燃ゆ」では、
大深翁は在獄48年、高須久子は在獄2年の設定でした。

富永有鄰36歳、杉文11歳は
ドラマを観ていると、これは少しキツいですね。

野山獄に入った時は松陰は25歳ですから最年少になります。

また、11人の獄囚うち、
藩の法に触れて投獄されていたのは2人だけでした。

あとの獄囚は、何らかの事情があって親類らから疎まれ
借牢願い」により、厄介払いのため収監された者で、
犯罪人ではありませんでした。

犯罪者ではない獄囚には刑期がないため、
当然、いつ出牢できる・・というあてがありません。

そのために、心はすさみがちに
なってしまったようです。

 

 

杉家からの差し入れ

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謹慎を解けた兄・梅太郎を中心に
色んなところから書物を借り、
松陰に届けています。

野山獄は、松陰の実家が近いため、
家族から色々な差し入れがありました。

  1. 母・滝から、座布団代わりの渋紙
  2. 兄・梅太郎から、小机、筆記用具、渋紙の上に敷く熊の皮
  3. 妹・寿から、フナの昆布巻き、
  4. 叔父・玉木文之進から、砂糖、梅干し、菜の漬け物

松陰は差し入れられた小机を牢内に持ち込み、
読書に励んだといわれています。

書籍差し入れは、その量に驚きます。
量もすごいですが、読む方もすごいです。

最初の1ヶ月106冊
半年で計256冊
1年512冊
在牢中の1年2カ月に松陰が読んだ書籍は、
実に618冊を読んでいました。

その上、重要な箇所は抜き書きしてました。
殆どが学術書内容のレベルも高いものばかりでした。

松陰は、獄に繋がれても、その向学心は止むことはなく、思う存分勉強したのです。

吉田松陰と野山獄 2
 へと続く

 


 

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