幕府老中・間部詮勝への要撃計画の血盟

                                         

【花燃ゆ】第14話は「さらば青春」という
小椋佳の曲みたいなタイトルでしたが・・
ドラマの内容と合っているとは
思えませんでした。

「熱血先生、誕生」など・・・
【花燃ゆ】は、不思議なタイトルが目立ち
その度にドラマの内容が心配でした。

吉田松陰の妹の「文」が主人公だから
多少の脚色は仕方ないとは思いますが
それも度が過ぎると、
興冷めしてしまいます。

今回、視聴率が低迷しているのも
その辺りが原因でしょうし
過去の大河ドラマの「江」なども、
その典型的な例と言えましょう。

打ち切りさえ囁かれる大河ドラマ【花燃ゆ】ですが
今回は、第14話について史実を基に
見解を述べさせて頂きます。

 


 

日米修好通商条約

akurofuneそもそも吉田松陰が
アメリカに密航しようとしたのは
和親条約」の次は「通商条約」に
進むことを承知していたゆえに
日本の将来のため身を投じようと
していたからでした。

そんなが日米修好通商条約
安政5年(1858)6月19日
勅許を得ることなく
幕府により調印されてしまいます。

このような朝廷の意向を無視した
太老・井伊直弼を筆頭とする
幕府の政治の在り方に対し、
すぐさま吉田松陰は
大義を議す』という建白書
長州藩主・毛利敬親に提出します。

 


 

安政の大獄

koumeitennou8月8日、孝明天皇は、水戸藩に、
幕府の条約調印を非難する
勅諚を下賜します。
戊午の密勅」です。

そして、9月から幕府は
「戊午の密勅」などの
反幕府行動に関わった者を
一斉に弾圧し逮捕する
安政の大獄」を始めます。

当時、孝明天皇の周りには
反幕府派」の学者や志士が多かったため、
幕府は、武力を持って天皇を封じ込めようとしたのでした。

 

 

血盟

10月末、井伊大老の暗殺を
水戸藩・薩摩藩などの有志が
企てていることを松陰は知ります。

松陰は、幕府の政道を改めさせる目的で、
老中・間部詮勝要撃を、
死は覚悟の上で計画します。

a-oni間部詮勝は、当時、京に上洛して
井伊大老の命のまま言論弾圧を行い、
「井伊の赤鬼」に並ぶ
「間部の青鬼」と異名が付けられるほど、
「安政の大獄」に大きな役割を果たしていたのです。

外国の圧力に対して
その場しのぎの対応しかできない幕府の姿勢を
松陰はとても憂慮していました。

日本が進むべき将来像も示さず、
外国の意のままに
不平等条約を締結してしまうような幕府に、
このまま国政を任せていては
やがて日本は、欧米列強から
領土を奪われかねないという危機感から
老中要撃を立案したのでした。

吉田稔麿が、江戸から萩に戻ったのは、
11月のちょうどそんな頃でした。

11月6日、松下村塾の塾生17人が
老中・間部詮勝要撃血盟を結びます。

江戸から戻ったばかりの吉田稔麿も
そこに名を連ねていました。

血盟した17名の塾生は、
以下のメンバーではないかと
思われます。(青字は推定です)

入江九一、野村靖、前原一誠、吉田稔麿、

品川弥次郎、寺島忠三郎、小野為八、

生田良佐、杉山松助、岡部富太郎、

福原又四郎、有吉熊次郎、久保清太郎、河内紀令

松浦亀太郎増野徳民吉田松陰

 

 

「対幕府戦争」の魁

a-manabeそして松陰は、なんと藩に対して
間部詮勝の要撃計画を遂行するために

「クーボール砲3門、百匁玉砲5門、
3貫匁鉄砲20、百匁鉄砲100、
火薬5貫匁を貸して下さい」

と、藩庁の前田孫右衛門と
周布政之助に助力を求めました。

これらを京都に運び込み、
対幕府戦争」の魁を企んだのです。

もちろん、幕府の鼻息を窺っている藩が
幕府の老中を討つ武器貸与を、
認めるはずはありません。

けれども、松陰は純真で、
天下のために自分は間違ったことはしていないと信じ、
藩もそれを理解してくれるものと
考えているのです。

実際、重役の前田孫右衛門は
松陰の意見を理解し賛同しています。

ですから、松陰の行動は
当時の社会風潮・社会情勢の中では、
一概に非常識とは言えませんでした。

しかし、右筆役の周布政之介は
これを許さず、松陰に
厳囚(自宅監禁)」を命じます。

老中・間部詮勝の要撃 その2
 へと続く

 


 

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