惜別の獄囚の句会 獄から福堂へ

                                         

第7話「放たれる寅」その2 からの続きです。

梅太郎が高須久子を意識しているとの
亀のヤキモチのため
翌日は、百合之助か野山獄に向かいました。

百合之助かに足を運んだのは、初めてです。

「まさか父上が、このようなところに・・」

寅次郎が言うと、百合之介が答えます。

「何というか。ま、成り行きでな・・。」

「・・なっ、成り行き ?」と、不思議そうな寅次郎。

 


 

百合之助 野山獄に足を運ぶ

亀のヤキモチの話をするわけにも行かず
話をはぐらかす百合之助。

anoyama01「そうか。獄の中とはこうなっとるんか」

百合之助は房をぐるりと見回しました。

そのとき「帰れ~」という声がしました。
百合之助は驚いて、声の方を見ます。

「吉田殿は渡さん ! 帰れ !!」

河野数馬が格子を隔てて百合之助を睨み
格子をカタカタと揺らします。

他の獄囚たちも、一斉に格子をカタカタと揺らし、
獄にすごい音が鳴り響きます。

「ご安心ください。私は出ません。」

寅次郎が外に向かって叫ぶと、その音はピタリと収まりました。

寅次郎は続けます。

「私は生涯ここに留まる覚悟で『福堂策』を著しました。
 ここで学び合う中で、一人でも二人でも
 お家のためになるような者が現れるんなら・・
 それこそが殿への忠義の道と心得ております」

「そうか。うん、そうじゃな……。」

百合之助は、ふむとうなずくと立ち上がり
帰り際に、ぼそりと呟きました。

「文に何と言おうかの ?
 あいつは学びたがっとった。お前からな。

 此度のこと、文も伊之助殿も
 それはそれは、お前のために力を尽くしておった。
 お前はええ兄弟を持った」

獄囚達も寅次郎も複雑な表情で、
百合之介の言葉を聞いてます。

「じゃあな。また来る・・いや。またということもないが・・」

百合之助は、そう言うと野山獄を出ました。

 

その後のある晩のこと、高須久子が富永有鄰の房の前に来た。

「な、何じゃ?」

「吉田様のことです。」

久子は微笑んだ。

そしてある朝、獄囚達から
久しぶりの句会の知らせを寅次郎は受けます。

 


 

吉田寅次郎という刀

伊之助は椋梨藤太の屋敷を訪ねていました。

「この度は、義兄・寅次郎の出獄について格別のご配慮賜り・・・」

伊之助の挨拶を遮る椋梨。

「堅苦しい挨拶などよい。
 どうじゃ ! お主ならどう指す ?」

a7951b0401a92d0b10803cdc176af6050_s将棋盤の上で、伊之助が飛車の駒を動かすと

「なるほど !
 思うた通り、なかなか大胆な男じゃの」

と、伊之助を気に入った様子の椋梨藤太。

「お褒めに預かり」と頭を下げる伊之助。

「寅次郎の赦免嘆願のため参った
 おぬしの面構えもなかなかのものであった」

あの日、伊之助は椋梨に必死に嘆願したのでした。

椋梨は伊之助に諭すように続けます。

「わしは、おぬしに興味を持った。
 おぬしはこれから鞘になれ。吉田寅次郎という刀のな。
 あやつは確かに逸材なれど・・危うい。

 ひとたび道を外せば、藩そのものを脅かす刃になるやもしれぬ。
 そうならぬよう寅次郎を見張れ」

 

 

惜別の句会

久しぶりの句会が開かれたのは
寅次郎が入獄して1年を迎えようとする冬のことでした。

珍しく高須久子も拝聴したいと句会に参加し
皆の背後に座ります。

吉村善作が口火を切ります。

「では始めましょう。本日はそれぞれご自分の近作を披露願うということで。では」

最初に、井上喜左衛門が披露します。

umemodoki見送れば なほ陰寒し 梅嫌(もどき)

寅次郎の顔色が変わります。

「別れの寂しさと残された者への眼差しが素晴らしい・・胸を打たれます」

と、吉村が講釈します。

続いて、志道又三郎が泣きながら披露します。

hisame相宿の 朝の別れや 冬のあめ

「まさか・・」寅次郎は呟きます。

「獄を相宿と詠まれるとは・・
 志道殿は腕を上げられましたなぁ」

と、吉村が講釈します。

そして弘中勝之進が披露します。

hitotose一とせの 夢か別れの 寒さかな

すると、目のふちが少し赤くなっている
寅次郎が立ち上がり一同の顔を見渡します。

「一とせの 夢か別れの 寒さかな・・・。
『一とせ』とは、この1年のことを
 言うておられるんですか。
 私が獄につながれてからのこの1年を」

吉村が立ち上がって言います。

「吉田殿・・もうお分かりであろう。
 本日は、それぞれが別れの句を作り申した。
 ここから出てゆかれるあなたのために」

「わたくしの・・。
 しかし私は、ここを出て行くつもりはありませぬ。
 方々とともに、いつまでも私は・・」

寅次郎がそう言うと、吉村は言います。

「誤解されるな。
 福堂となし、獄囚のために
 生涯を捧げるとのご決意、一同心底感じ入ってござる。
 しかしながらあなたは大切なことをお忘れじゃ」

そこに、大深虎之丞翁が言い添えます。

獄囚が真に更生したかどうかは、
 獄を出られんにゃあ分からんということじゃ。

 ここを出て、ここで学んだことが世に活かされて初めて、
 この福堂であったと。そう言えるんではないかのぅ」

「今日の句会はそのために?」寅次郎の問いに

「富永殿が仕組まれたんじゃ」と、志道が笑います。

その瞬間、富永は久子に目をやると
久子は笑みを浮かべていました。

後のことは我々が・・」弘中が言うと

吉田殿の残り香を絶やさぬよう、励みますゆえ

と吉村が説き、皆も寅次郎も感極まり、涙します。

そして、寅次郎は野山獄を出ることとなりました。

第7話「放たれる寅」その4
 へと続く

 


 

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