野山獄と『福堂策』

                                         

ある日のこと、文は杉家の食卓で
寅次郎をから出してやりたいと
家族のみんなに打ち明けます。

数日後、文は
梅太郎を野山獄に連れて行きます。

高須久子の美しさに呆然としている梅太郎を
文が案内して獄の奥に向かうと
寅次郎が金子のボタオを題材に講義をしています。

食い入るように、寅次郎の話に
夢中になっている獄囚たち。
沈んでいた野山獄は、寅次郎の入獄以来
見違えるほど明るい雰囲気になっていました。

講義が終わった寅次郎は、久しぶりに梅太郎と向き合い、
獄中で執筆した『福堂策』を梅太郎に託しました。

 


 

『福堂策』の内容

『人、賢愚ありといえども各々一、ニの才能なきはなし』

と、『福堂策』を一生懸命に読んでいる文に

「難しゅうないんか ?」と尋ねる父・百合之助。

「難しいけど面白いんです。寅兄様のお話と同じです」

と文が答えると、

「獄での寅は、そねいに・・教え上手か ?」

と百合之助が再び尋ねます。

「教えとる・・・とか、教わっとる・・とか・・
 そういうんのうじゃのうて・・・
 あっ、そう ! 分かち合うとるような・・・」

文が答えます。

この学問のスタイルが、
後の松下村塾につながります。

寅次郎の記した『福堂策』とは、
アメリカの牢獄を例に上げ
更生を目的として
獄囚による自治や学芸を奨励し、
医師の回診などを提案した、
当時としては画期的な意見書でした。

けれども、梅太郎は、この『福堂策』は、
このまま杉家に留め置くと言います。

当時、罪人が政(まつりごと)に意見するなど
到底、許されることではなく
死罪を申し渡されても
何も言えないくらいのことだったからです。

 


 

殿方の味方 伊之助

ある日、文は野山獄にて久子に
寅次郎をから出したい旨の相談をしました。

久子は、文に言います。

「獄に入る前、私は三百石取りの大組の奥方でした。
 大した妻ではありませんでしたが、
 肝に銘じていたことがあります。」

少し声を潜めて久子は続けます。

a111505「殿方には、殿方のつながりがある・・
 ということです」
 
「殿方の?」文は、メモします。

「裏ではどんなに疎んじ合っていても、
 表だっては一つにまとまり、
 決してよそ者を受け付けません。

 女子(おなご)どもが何を言ったところで、
 殿方同士の決め事が覆るはずもありません。」

「ですから、できる者を見つけて任せればいいんです。」

「味方を見つけるんです。殿方の」

久子からの言葉を胸に
その日から、文は行動を開始します。

家族が寝静まってから、
梅太郎が外への持ち出しを禁じた
『福堂策』をせっせと写すことにしました。

数日後、明倫館に伊之助を訪ねた折
文は『福堂策』の写しを手渡します。

 

 

伊之助から桂小五郎へ

akogorou001その頃、江戸の藩邸では
相模から戻った桂小五郎に
伊之助から手紙が届いていました。

『一筆、啓上仕り候。
 江戸におかれては度重なる和親条約締結にて、
 ご公儀の進退、いよいよ窮まれりと拝察いたし候。

 にもかかわらず我が藩、
 未だ安穏と幕府に恭順を示すのみにて、
 このままでは日本国と同時に我が藩の命運も、
 儚くなりしかといささか暗澹たる思いにかられ候。

     (中略)

 今こそ吉田寅次郎を獄から外へ。
 桂殿のお力をぜひ拝借いたしたく候』

桂も、伊之助からの『福堂策』の写しを手に行動開始。

「長州のためだけにあらず。
 志ある者たちの登用はこれからの日本のためでござる。
 なにとぞ、水戸のご老公からもお口添えを。なにとぞ !」

桂は、水戸藩士などにも、
積極的に寅次郎の『福堂策』を広めました。

 

萩城にて

a043679安政2年(1855)秋、萩城。

「吉田寅次郎の処分が重すぎるのではないかと」

 藩主・毛利敬親に報告する周布政之助。

「そのような声が家中にはあるのだな?」
と敬親。

水戸徳川家のあたりからも起こっているようでございます」
「一度許されたはずの者をなぜ長々と獄につなぐのか」
「毛利家はご公儀に対し何か含むところがあるのかと・・」

周布は続けて報告しました。

敬親にとしては、公儀に恭順しているところを
見せるポーズから
敢えて公儀の要求よりも重い処分を
寅次郎に科していたので、心外でした。

「周布殿は、殿のご采配に異論ありと申されるか。
 それともこのわしに何か言いたき儀でも」 

そう反論するこの椋梨藤太こそが、
脱藩の時も、密航の時も
寅次郎に重い処分をと訴えていた張本人でした。

「めっそうもないことでござる。
 椋梨様に異を唱えるなど・・」
 
周布の言葉を遮り、

「案じることはございませぬ。
 所詮、根も葉もない憶測でございます」

と、敬親にとりなすように言う椋梨。

「・・にしても、なぜ今頃そのような」

椋梨は怪訝そうな顔をしています。

第7話「放たれる寅」その2
 へと続く

 


 

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