生糸と粗悪品

                                         

明治10年(1877)、
群馬に春が訪れていました。

阿久沢商店の糸引き場では、
美和はせいに生糸作りを
教えてもらっています。

その代わりに、美和は
工場の女たちへの勉強を教えます。

 


 

代筆の依頼

そんなある日、ナツという女性が、
東京の息子に手紙を書きたくて
美和に頼みにやって来ました。

せつは、ナツのところへ行って
手紙を書いてくれるよう美和に頼みます。

ナツも、せいの元で
かつては働いてたのでしたが、
せいより高い値段で繭を買ってくれる
小林のところへ移っていたのでした。

美和は、ナツの家で、ナツの息子に
安否を尋ねる手紙を書きます。

そこへ小林が来て
「払いは次にしてくんない」
と言いながら
繭を運び出していきます。

そんな胡散臭そうな小林に
疑惑を持つ美和でした。

 


 

生糸の品質

一方、県庁に
生糸の値が暴落したと報せが入ります。

群馬の生糸は、世界中で
その品質の高さが認められていましたが
粗悪品が混じり、
価格が下がり始めていたのでした。

楫取素彦は、そんな粗悪品
対策に乗り出していました。

工藤長次郎の話によると
生糸は重さを測って売り買いするため
見せかけだけ上質にして
重さを増やして利益を増やす者がおり、
粗悪品があるのは知っているが
利益のために流通してしまっているのでした。

阿久沢権蔵の力で、
楫取への報告が止められていましたが
工藤が一存で楫取に報告したのでした。

工藤の実家は赤城山の麓で百姓しており
年老いた工藤の母親に、県令の楫取が
わざわざ足を運び、話を聞いたことで感激し、
工藤は、楫取の味方になっていたのです。

楫取は、阿久沢に
生糸の改善を提案しますが、
そのようなことをすると
百姓の暮らしは立ち行かなくなる・・
と言って反発します。

そんなことをしていると
群馬の生糸の価値が下がる・・と
楫取が言っても、
必需品の生糸の値は、またすぐに上がると
阿久沢は、耳を貸そうとしません。

 

 

船津伝次平との出会い

そんなある日、美和は、
よく実っている畑を見ます。

その畑に石がたくさん置いてあったので
驚いて、どけていると、
男に叱られます。

太陽で温めた石を畑に置くと
早く野菜が育つのだと
その男は言います。

男は、船津伝次平と言い、
後に近代農業の父と呼ばれる事になります。

美和と船津は、話が合い
気に入った船津は、
美和に野菜をあげました。

楫取家に帰り、
その野菜を食べてみると
とても美味しく
これまでのやり方は正しいとは限らない・・
と言っていた船津の言葉を
美和は楫取に教えます。

その言葉から、楫取は、
品質を下げずに生糸の価格を安定させる
新しいしくみが必要なことを、美和に話します。

第45話「二人の夜」その2 へと続く。

 


 

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