毛利敬親の死と楫取素彦の隠居

                                         

奥御殿では、前長州藩主・毛利敬親の
病気が治るようにと、僧侶を呼び祈祷し
必死の祈りが捧げられていました。

美和は、銀姫の指示により、
敬親の世話をすることになります。

そんなある日、敬親は、
楫取素彦を新政府の参与の職から
無理に呼び寄せたことを後悔しており、
これからは己の望む道を歩いていってもらいたい・・
と、美和に話します。

美和も、敬親に
「新しい日本を作る。
新しい日本人を育てたい・・
と、思うております」
と言います。

「そうせい」と、敬親は答えました。

それから、数日後の
明治4(1871)年3月28日に
幕末という激動の時代を生きた
名君・毛利敬親は、この世を去りました。

そして、喪が開けた後、
楫取は、知藩事・毛利元徳に
藩の職を全て辞したいと申し出、
隠居の身となリます。

 


 

それぞれの女達の門出

そして、明治4年(1871)7月14日、
明治政府は「廃藩置県」を断行しました。

これにより、旧藩主は、
知藩事の職を解かれました。

代わりに明治政府の意を受けた「県令」が
各地に派遣される事になりました。

そして、奥女中が一同に集められ
銀姫より、奥御殿の解散を言い渡されます。

動揺する奥女中たちに
園山は、奥で学んだことがあると言い
泣き崩れます。

潮からの指示で美和も続き、
奥で学んだことは、奥を出てから
「生きる力」となると自信を与えます。

すると、鞠が
「せわぁない !!」と明るく言うと
奥女中たちは、安堵します。

元徳は、銀姫、興丸らとともに
東京へ行くことになります。

そうして、戦国の世から続いた
毛利の奥御殿は閉じられました。

新しい時代に旅立つ者、見送る者、
それぞれの女達の門出でもありました。

 


 

杉家へ戻る

そして、美和は
萩の杉家へ戻りました。
そこへ東京の銀姫から手紙が届き、
同梱されていた
香水やビスケットに
滝、亀は、感激しています。

弟の敏三郎も、
萩の杉家に戻りましたが、
戦で多くの仲間や友を失い
心の傷を抱えていました。

そんな敏三郎を、
玉木文之進が迎えます。
文之進は、息子の彦介を戦で亡くしたので
敏三郎の無事を心から喜びます。

楫取素彦と畑仕事

萩の郊外の山間にある三隅村二条窪で
楫取は家族とともに
慣れない畑仕事に精を出していました。

美和は、敏三郎と一緒に
楫取の家を訪ねて行き、
畑仕事を手伝うことにします。

元奇兵隊士・中原復亮は、
楫取が見殺しにしたと
恨んでいました。

そんなこともあり楫取は、
近隣住民から受け入れてもらうことが
できませんでした。

また、篤太郎は
明倫館に行き、寮に入っているので、
久米次郎は、楫取夫婦と一緒でした。

久坂家の養子にと、近くの私塾で
張り切って勉強しているという久米次郎は
美和に会うと、何だか
よそよそしい態度です。

第39話「新しい日本人」その2 へと続く。

 


 

コメントを残す