吉田家の復権 将軍・徳川家茂の上洛

                                         

文久3年(1863年)、
吉田松陰の復権が正式に認められ
杉家の皆は大喜びです。

そして、6歳の梅太郎の長男・小太郎が
吉田家の家督を継ぐことになります。

長州藩の兵学師範を代々務める吉田家
何としても残さねば・・という思いで
長男・小太郎を吉田家の養子にする
決心をした梅太郎の思いは
無駄にはしない・・と
文之進は、小太郎への教育に
すでに熱くなっています。

文之進は、松陰の子供の頃に
スパルタ教育をしていたので
梅太郎夫婦は慌てて宥めます。

 


 

京の茶屋

a-geisha京の茶屋で、廊下に出た久坂玄瑞を
辰路が追って来ます。

久坂の羽織の袖からほどけている糸を
辰路は腰をかがめ口元に近づけ、
糸切り歯で切ります。

驚いた久坂は慌てて座敷に戻ります。

この頃、久坂たちは、
第14代将軍・徳川家茂
江戸から京へ呼び寄せることに
成功していました。

帝の前で、
攘夷決行の約束をさせるためです。

入江九一と寺島忠三郎をはじめ
松下村塾の塾生たちが揃い、
将軍上洛の手筈を整えるための
最後の打ち合わせをしていたのでした。

酒を飲み干しながら久坂は
羽織の袖の先を見て
辰路のことを思い出します。

そんなことも露知らず
萩では、文は、久坂のために
羽織を拵(こしら)えるのでした。

 


 

忍川に架かる橋

ashouka002松下村塾では子供たちが
一生懸命に勉強をしています。

吉田稔麿の妹のふさも
入江九一・野村靖兄弟の妹・やすみも
子供たちに教えてくれています。

その様子を文といっしょに
感慨深げに見ていた寿でしたが
文を外に出して話をします。

それは、去る1月5日に
亡き松陰の墓が小塚原から若林村へ
移された時の話でした。

松下村塾の塾生と
松陰の座棺を担ぐ人夫の一行が、
上野・不忍池から広小路まで流れる
忍川に架かる橋に差し掛かった時です。

幕吏が制止するのにもかかわらず
3本の橋のうち
将軍しか渡ることが許されない中央の橋を
馬に乗った高杉晋作を先頭に
渡ったとのことでした。

幕吏が厳しく咎めても
「長州藩・高杉晋作」
と、堂々と名乗り
かまわず通り過ぎて行った・・
という無茶な話に、
文も寿も呆れます。

その時、京から戻った伊藤利助が立ち寄り、
すみとの結婚の知らせと、
二人のなれそめを聞かされ
塾で勉強をしている子供たちからも祝福されます。

 

 

傍若無人な高杉晋作

3月11日、京では229年ぶりに
征夷大将軍・徳川家茂が上洛します。

a-iemochi孝明天皇に付き従う形で
上賀茂神社で攘夷祈願を行いました。

幕府に攘夷決行を確約させるための
久坂たちの作戦のひとつでした。

そんな将軍・徳川家茂の一行に向かって
「よっ ! 征夷大将軍 !」
と、高杉は挑発します。

しかし、この高杉の横暴ぶりを聞いた
久坂も塾生たちも激昂します

この日を迎えるために、
塾生たちは苦労を重ねて来たのでした。

そして、いよいよこれから・・・
と、いう大事な時だったからです。

 

 

周布政之助と桂小五郎からの叱責

atakasugi001そんな高杉晋作を、
周布政之助と桂小五郎は
茶屋に呼び出します。

「さすが、京じゃ !」

高杉が辰路の顎に手をやると

「よせ、久坂に惚れとるようじゃ」
と、桂が止めると、
高杉は嬉しそうに驚きます。

そして、辰路が席を外します。

「あの朴念仁・・
まさか色事に血迷うとは・・」

そう言う高杉に、桂は言います。

「血迷うてるのは、お主じゃ・・」
厳しい表情で
周布と桂は高杉を叱責します。

将軍を行幸に随行させるようなやり方に
不満を持っていた高杉は、
そんなことに労力やお金を費やすより
強大な夷敵に対抗するため
軍備を強化する方が先決と考えていました。

桂は、現状を鑑み
順序立てて倒幕させる旨を
高杉に諭しますが・・

将軍を暗殺して
長州自ら戦火を切り
乱世を起こすような
爆発なくして倒幕などあり得ん・・
と、高杉は過激な発言をします。

「皆、やることがぬるい・・」、
という高杉に

「あと10年待て」
と、周布は言い、立ち去ります。

第21話「決行の日」その2 へと続く。

 


 

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