石川数正の出奔

                                         

第一次上田合戦に敗れるも
諦めることなく
真田討伐を画策する徳川家康。

それに対し、真田昌幸は、
素破の頭領である出浦昌相を介し、
浜松城内に囚われている
弟・信尹に指示を出す。

信尹は、指示に従い
家康の重臣・石川数正を調略し、
出奔をそそのかし
羽柴秀吉の元に駆け込ませる。

徳川方の機密を知り尽くした
数正の離反は、家康を恐怖に陥れ
秀吉の攻撃を恐れた家康は
真田氏との戦を取りやめ
信濃から撤退する。

 


 

秀吉の天下

家康が、秀吉の襲来に怯えるそんなある日、
マグニチュード7を超える
「天正の大地震」が近畿・中部地方を襲う。

近畿が最も被害が大きかったため
秀吉は復興に力を入れ、
家康との戦は立ち消えとなった。

やがて家康は、
座敷牢から石川数正の出奔を手助けし
自分を窮地に陥れた
真田信尹の手腕を高く買い、
昌幸と裏で通じるかもしれないことを覚悟の上で
家臣として召し抱えることにする。

一方、羽柴秀吉は
賤ヶ岳の戦いで柴田勝家を破ると
小牧・長久手の戦いで家康と和睦し
大坂城を築いて関白となっていた。

信長の死からわずか4年で
天下をほぼ手中にした秀吉は、
全国の大名に上洛を求め
忠誠を誓わせようとする。

徳川家康も北条氏政も強大な秀吉の前に
決断を迫られる。

上杉景勝はこれに応じて上洛を決意。
信繁も景勝に付き従う。

 


 

大坂城

大坂への道中の加賀で
秀吉の腹心・石田三成が合流する。

三成は、旧知の直江兼続を通し
景勝を早期の上洛と秀吉との
対面を持ちかけていたのだった。

そうして、途方もないスケールを誇る
大坂城に入った信繁は
景勝とは別の部屋で待たされ、
天真爛漫な茶々と出会う。

そして、片桐且元の案内によって
入った部屋で、ついに秀吉が姿を現す。

 


 

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