新府城から岩櫃城へ

                                         

「船出」その1 からの続きです。

そして真田昌幸が、
高梨内記らの家来衆を率いて
新府の真田屋敷に戻って来ます。

約1ヶ月ぶりに家族と対面した昌幸は
家族に心配かけまいと明るく振る舞います。

しかし、妻・薫は、この日の朝、
木曽義昌の母と子供たちが磔にされたこともあり
真田家の行く末を案じていたのでした。

昌幸は、そんな薫に、
織田勢に囲まれてはいるが、新府城は、
知恵の限りを尽くした名城なので、
もっとも安全な場所だと言い、安心させます。

 


 

大きすぎる父

ところが、その直後、昌幸は、
息子の信幸と信繁を自室に呼び
武田が滅びることを伝え、驚かせます。

昌幸は、もちろんギリギリまで
食い止めるつもりでしたが
長篠の戦いの頃より織田勢が
力が強くなっていることを
感じていたのでした。

信繁は、徳川勢の動きを伝えようとしますが
新府城を捨てる覚悟の昌幸には
もはやその報告は不要でした。

家族の手前、安全だと言っていた新府城は
織田が攻めて来るのが早すぎて
まだ、完全には出来上がってはいませんでした。

その後、新府の山の尾根から
城下町を見つめながら
信幸は、父の器が大きすぎて
ついていけない時がある・・
と、信繁にこぼします。

そんな兄を、信繁は、
棟梁の指令に従うのみ・・
父についていけば間違いない・・
と、元気漬けます。

 


 

梅雪の裏切り

その頃、山腹の持仏堂では、
武田勝頼が、昌幸と穴山梅雪を随行させ
武運を祈っていました。

勝頼は、父・信玄が築き上げた国を
滅ぼすことになるかもしれない・・と
己の不甲斐なさを嘆いていました。

そんな勝頼に、梅雪は、
信玄公の御霊がついているから心配はない・・
と諭し、昌幸も、
富士山や浅間山が噴火しない限り
武田家は安泰であると、いたわります。

そんな二人の存在を、
頼もしく思う勝頼でした。

ところが、2月14日、浅間山が
48年ぶりに噴火します。

浅間山の噴煙を、絶望的に
勝頼は、眺めていました。

そして2月25日、突如として、
駿河に戻った梅雪が織田方に寝返ります。

かなり以前から、
織田・徳川と内通していた梅雪は、
用意周到に、人質となっていた家族を
ひそかに脱出させた上で、裏切ったのでした。

 

 

昌幸の策

新府城の大広間では、
勝頼と家臣たちが軍議を開いていましたが、
一門筆頭の梅雪の裏切りにより、
すべての軍の情報が敵につつぬけとなり
まともな戦いにならないことは
その場にいたほとんどの者が感じていました。

跡部勝資が籠城戦を訴え、
小山田信茂が全軍で織田軍を攻めた上で
華々しく散ろう・・と声を上げる中、
昌幸は、策はもう一本残っていると言い、
自らの居城・岩櫃城で力を蓄え
再起をはかることを進言します。

築城して1年の新府城の守りは
まだ盤石でなく、
城に籠もるのは得策でないと
跡部を咎め、
城から打って出ようとするのは無謀と
信茂を非難します。

岩櫃城の守りは鉄壁で
東は沼田城を弟・信伊が守り
西の砥石城を嫡男・信幸に守らせば
信濃と上野を結ぶ道筋そのものが
巨大な要害となると、昌幸は訴えます。

この策を勝頼は受け入れ、
岩櫃城に向かうことになります。

新府城の北東、
上野吾妻郡の山城の岩櫃城は
信州から上州にかけて広がる
真田家の要となっていました。

翌朝、昌幸と内記ら家来たちは、
岩櫃城に勝頼を迎え入れるため、
ひと足先に出立しました。

「船出」その3 へと続く。

 


 

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