甲斐武田氏の滅亡

                                         

「決断」その2 からの続きです。

その頃、甲斐の田野村に身を潜めていた
武田勝頼に、最後の時が迫っていた。

新府城を出立した時には
600人以上いた兵士たちは
いまや40人余りとなっていた。

織田氏重臣・滝川一益の軍勢の
攻撃を前に、
小さな祠の前で、勝頼は
父・武田信玄に詫び
跡部勝資の介錯により腹を切る。

勝頼は、37年の人生の幕を閉じ、
甲斐武田氏滅亡する。

 


 

勝頼の訃報

岩櫃城では、不思議なことに
真田昌幸が信玄の幻を見ていた。

佐助により、勝頼の死が伝えられると
悔し涙を浮かべながら昌幸は、
信玄が何を託そうとしのか自問する。

そして、昌幸は、城の守りを固めた上で
100人の兵を率い、岩櫃城へ向かう
家族の元へ馬を走らせる。

一方、阿茶局が煎じた薬を飲んでいた
徳川家康の元へも
家臣・石川数正により、
勝頼の訃報が伝えられる。

そんな家康に、
武田攻め第一の手柄である
穴山梅雪が、目通りを願い出ていた。

家康は、信玄の娘婿でありながら
保身のため武田氏を裏切った梅雪が
薄汚く思え、評価していなかった。

それでも駿河が落ち着くまでは
むげにも扱えないため、
家康は、梅雪をたいそうもてなした。

 


 

真田家一行危機一髪

その頃、小山田八左衛門により
岩櫃城とは違う方向へ
連れられようとしていたことに
気づいた真田信繁が、
そのたくらみを指摘する。

八左衛門は、殺さずに
生け捕りにするように
家来に合図し、信繁たちは、
兵士たちに取り囲まれてしまう。

この危機を救ったのは昌幸だった。

昌幸の援軍は、
八左衛門の一味を追い払った。

 

 

裏切りの代償

やがて、武田氏の領国は
ほぼ織田氏の手に落ち
織田信長の嫡男・信忠が、甲府に入る。

甲斐善光寺に陣を構える信忠の元に
小山田信茂は家臣たちとともに参上し、
岩殿城と兵2000を
信長に献上する旨を申し出る。

ところが主君を裏切った信茂は
信忠の不興を買い、捕らえられる。

木曽義昌も穴山梅雪も
織田方からの調略によって
寝返っていたのと違い、
信茂は、勝頼のそばで仕えながら
一時の恐れに負け
主君を見捨てた卑怯者にしか
信忠には思えなかった。

信忠の家臣に連れて行かれる
信茂の姿を見て
小山田茂誠は途方に暮れるのであった。

 

 

昌幸の決断

一方、家族を無事に岩櫃城に入れた昌幸は
信幸や家臣たちと軍議を開いていた。

甲斐を制した織田勢が
いずれ岩櫃城まで押し寄せて来るのは
必定であった。

そんな状況の中、昌幸は
真田家当主として、武田氏滅亡という
未曾有の出来事の前に
何をなすべきか考えていた。

上杉氏や北条氏に属しても
織田の脅威から逃れられないことを
悟った昌幸は、悩んだ末に、
織田氏に属するという決断をする。

 


 

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